ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の伍拾壱】砂漠の民に届けた島の心

2008年10月

 猛暑もようやく一段落。今年も暑すぎて、いや“熱すぎて”何だかわからないまま夏が過ぎ去った感があります。その分じっくり秋という季節を迎え味わいたい、そんな心持ちの今日この頃です。

 今夏、暑い日本からさらに暑い中東三国に飛んでもらったアーティストの皆さんがいます。八重山諸島は西表島出身の池田卓という28歳の唄者(うたしゃ)。爽やかなルックス、八重山の生活文化から生まれた民謡と島の心を熱くも優しくも歌うオリジナル曲で、今沖縄で最も注目されているアーティストです。そして彼をサポートするのは、琉球古典音楽の担い手で沖縄県立芸大の助手も勤める山内昌也、「沖縄発・三弦三昧」でコラーレにも伺った島太鼓のサンデーと琉球舞踊の旗手・志田真木の4名のユニット。文化交流を旨とする国際交流基金が主催する派遣事業の一環でした。

 青く広がるサンゴ礁の海、緑の島々、神々に捧げる祭り、自然の恵みの豊かな食材等々、石垣市教育委員会の皆様よりご提供いただいたポスターや映像をロビー等で紹介。ステージでは八重山・琉球音楽の歴史的背景から、楽器の由来・構造を楽しく判り易く解説。大学でのワークショップ。地元アーティストとの交流。ヨルダン、シリア、イエメンの三ヶ国で、文化使節としての務めをしっかり果たしてきてくれました。

 学生時代に観た「アラビアのロレンス」(デビッド・リーン監督/1962年)というイギリス映画を忘れることはできません。地平線遥か彼方の蜃気楼から黒い人影が現れるまでの長まわし。無断で他部族の井戸水を盗んではならないという砂漠の掟、ロレンスに井戸から汲んだ水を飲ませたアラブ人の案内人がいきなり射殺されるシーン……いきなり胸を締め付けられるような強烈な映像。第一次世界大戦の時代、さまざまな側面からヨーロッパと中東諸国との関係が浮彫りになる映画史上に残る名作ですが、何よりこの映画から、砂漠の人々の生活や価値観に初めて触れたのでした。

 日本の最南端、海の文化、そして南の島の歌と踊りと「心」を、砂漠の国々に暮らす人々に伝えるということ。スケジュールの都合で自分が同行できないことは極めて残念でしたが、「アラビアのロレンス」の各シーンを想い浮かべながら、約2週間に渡る長旅のメンバーの無事と、文化交流という価値ある仕事の成功に向けてのコーディネートに全力を注ぎました。

 自らの文化的背景を、異文化と向き合うことによりあらためて体感し、混沌とした現代とこれからを考える素材として再認識する……アーティストのみならずスタッフやコーディネートする私たち全員が、「伝統」の持つ意味を熱く感じた刺激的な夏でした。

アラブの民族楽器ウード奏者・アドナーン氏のお宅を訪問し、一緒に演奏する池田卓さん

池田卓 公式サイト http://www.suguru-i.jp
シリアのダマスカスでアラブの民族楽器ウード奏者・アドナーン氏のお宅を訪問した池田卓

(2008年10月 COLARE TIMES 掲載)

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