ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の七拾四】「藤原敏行、三弦、アジア」2012年“秋”の三題噺

2012年9月

秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる

『秋になった』と、目にははっきりとは見えないけれども、吹く風の音を聞くと、思わず秋の訪れに気付かされてしまう。

これは『古今和歌集』(905年)入集、藤原敏行の和歌。詞書(ことばがき)に「秋立つ日よめる」とあるので、現在の8月上旬、立秋に詠まれた和歌です。連日の気温30度超え、蝉が鳴き、熱帯地方を思わせるスコールのような雨が降り、9月の半ばになってもいまだに秋を感じることができない今日この頃、1000年の時の流れが、この島国に生きる人たちの感性をも、生活をも大きく変えようとしています。

さて今年も、東京都が行う伝統芸能フェスティバル『東京発 伝統WA感動』(東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団、東京発・伝統WA感動実行委員会 主催)が開催されています。その一環として、10月11日に新装なった東京芸術劇場コンサートホールにて『三弦 海を越えて』と題した公演が行われますが、制作を担当する私たちの作業も大詰めを迎えています。

ポスター「三弦 海を越えて」

ポスター「三弦 海を越えて」

大陸で生まれた「三弦」。胴に棹が貫通していること、胴に蛇や動物の皮を張ること、棹にフレットがないこと等が特徴の楽器です。アジア各地の文化の影響を受け、中国北部で生まれたとされ、南下するにつれ小型化し、14世紀末、琉球に渡り「三線(さんしん)」になりました。16世紀後半には交易により日本に流入し「三味線」と顔を変えたのです。お座敷で、お芝居で、野外で、そして各地で歌われた様々な音楽の伴奏楽器として南へ北へと広まりました。現在三味線は、大きく「細棹、中棹、太棹」と分類されてはいますが、用途や演奏環境によって変化し、素材、造り、奏法等において実に多種類の三味線が存在するのです。

撥弦楽器(はつげんがっき)として「三弦」は指や木製のピック、または三指、五指に義爪を付けて、「三線」は水牛製の爪状のサック(沖縄ではバチという)を用いて演奏しますが、「三味線」のみバチで演奏するのは、琵琶法師(琵琶はバチで弾く)が最初に手にしたからではないかと言われています。

今回は、太棹三味線が活躍する「義太夫」、中棹からは「地歌」、細棹を代表して「長唄」の各古典作品の演奏、そして沖縄の「三線」が活躍する琉球舞踊、モンゴルの三弦「シャンズ」、中国の「大三弦」、さらに歴史的には最も新しい三味線である「津軽三味線」の演奏など、アジアの三弦楽器が大集合する画期的な企画と言えるでしょう。各楽器の構造、超絶技巧が繰り広げられる演奏シーンを大型画面に映像で映し出す演出、そしてラストは、大三弦と津軽三味線の競演が予定されています。大陸で生まれた三弦が、潮流に乗って日本にたどり着き三味線と姿を変え、時空を超えて邂逅(かいこう)を果たす……まさに「文化の系譜」を体感できる公演です。

地球環境の変化が、人々の生活に変革をもたらし、生まれ育まれてきた文化の変遷へ繋がる。そう考えると、連日の猛暑も、めまぐるしく揺れ動く国内外の情勢も、日々進化を続けるIT技術も、大きな“時の流れ”のプロセスとして、総てを甘受すればよいということになるのでしょうか。否、今こそ私たちには「見つめ直し」や「踏ん張り」や「抵抗」の実践が課せられているのではないか、そんなメッセージが古典や伝統から送られているように思えてならないのです。

台湾で購入した2種類の「小三弦」

今年3月、台湾で購入した2種類の「小三弦」。上は北京製。ちなみに平均的な大きさは、大三弦が約120cm、中三弦が約110cm、小三弦が約95cm。

>> 「三弦 海を越えて」ポスターをダウンロード(PDF形式)icon_pdf

(2012年10月 COLARE TIMES 掲載)

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