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【其の八拾壱】『源氏物語』出題!
2014年3月
独立行政法人大学入試センターが実施する今年度の「大学入試センター試験」の古文に、『源氏物語』が出題されました。長文を短時間で読解させることが特徴の試験ゆえ、難解な平安時代の文章よりも比較的読み易い近世(江戸時代)の文章が出題されることが多かったようです。ところが……
第3問 次の文章は『源氏物語』(夕霧の巻)の一節である。三条殿(通称「雲居雁(くもいのかり)」)の夫である大将殿(通称「夕霧」)は、妻子を愛する実直な人柄で知られていたが、別の女性(通称「落葉宮(おちばのみや)」)に心奪われ、その女性の意に反して、深い仲となってしまった。以下は、これまでにない夫の振る舞いに衝撃を受けた三条殿が、子どもたちのうち、姫君たちと幼い弟妹たちを連れて、実家へ帰る場面から始まる。これを読んで、後の問い(問1~6)に答えよ。(配点50)
というのが問題のリード文。基本的な古語や古典文法、また古文読解の手法を勉強していれば「解ける」とされるセンター試験でも、さすがに『源氏物語』に対する準備にまで及ばなかった現役高校生や理系の受験生には、大いなる“悪戦苦闘絵巻”が展開されたことと想像されます。
光源氏の子である夕霧は、「正妻を頼む」という遺言を残して世を去った親友の柏木の言葉を守り、柏木の正妻・落葉宮のもとを訪れているうちに心惹かれてしまいます。ある秋の夕方、落葉宮が住む邸を訪ねる夕霧。
月さし出でて曇りなき空に、羽翼(はね)うちかわす雁(かり)がねも列を離れぬ、うらやましく聞きたまふらんかし。風肌寒く、ものあわれなるにさそはれて、箏(そう)の琴(こと)をいとほのかに掻き鳴らしたまへる奥深き声なるに、いとど心とまりはてて、なかなかに思ほゆれば、琵琶(びわ)をとり寄せて、いとなつかしき音に想夫恋(そうふれん)を弾きたまふ。<「横笛」の巻『源氏物語』(4)日本古典文学全集 小学館>
月が出て、澄みきった空に羽翼をうち交して飛ぶ雁も仲間と離れずにいる、それを宮(落葉宮)は(亡き夫・柏木を想うと)羨ましくお思いになっていらっしゃるのであろう。風が肌寒く、しみじみとした気分なのでついお気持ちが動いて、(落葉宮が)箏の琴をほんのかすかにかき鳴らしていらっしゃるのも、深みのある音色なので、大将はますます心が傾いてしまって、これくらいではなまじ聞かぬがましな気になるので、(自ら)琵琶を取り寄せて、まことに好ましい音色で想夫恋の曲をお弾きになる。<同訳/( )は筆者補>
これは妻子ある夕霧としては完全な浮気。夜更けに帰ってきた夕霧の落ち着かない態度から、浮気が雲居雁にバレたところで、前述のセンター試験のリード文につながるわけです。
平安貴族にとって「遊び」とは、主に詩歌管弦をさします。漢詩をつくり、和歌を詠み、そして楽器を奏でることが、貴族にとっての必修科目でした。例えば、女性は男性から贈られる和歌の出来いかんでお付き合いするかどうかを判断しました。つまり「遊び」のクオリティで人としての価値さえ評価されたわけです。当然、平安文学を象徴する『源氏物語』にも音楽や楽器の記述は頻出します。もちろん現代にも伝承されている雅楽のことであり、貴族にとって日常の音楽だったのです。
(次回は、貴族と音楽について、引き続き)