ラレコ山への道 蝉丸 徒然日記

Vol.67 チェコ、イタリア

2024年8月

 山海塾主宰者・天児牛大(あまがつ・うしお)が3月25日心不全のため亡くなりました。山海塾の創立は1975年、創立メンバーは4人です。天児のお父さんのルーツは入善町椚山と朝日町沼保です。滑川五郎は滑川高校卒業なのでこのステージネームになりました。高田悦之は私と同じ大学の同学年です。これらは全くの偶然で、創立後に知りました。3人は鬼籍に入りましたが作品はレパートリーとして残っています。山海塾ツアーを5月に控え、3月18日メールで演出の確認を天児としたのが最後となりました。来年は山海塾50周年、そのイベントなどの相談は劇場ですることになっていたのですが、叶いませんでした。

 4月は慌ただしく過ぎ、5月12日北九州芸術劇場「MEGURI」公演。この作品はすでに何度か私が天児のパートを踊っているのですが、衣裳は私自身の別の作品のものを流用していました。今回は天児が着ていたものを手直しして身に着けました。公演終了後、東京に移動。翌朝羽田空港からチェコのプラハに向かいます。

 5月13日パリ経由でチェコのプラハに到着。プラハは1998年にアルハ劇場で「UNETSU」を上演しています。そのときは国際交流基金主催ロシア東欧ツアーの一環で、ロシア、ウクライナでも公演しています。現在の戦争状態など想像も出来ませんでした。今回は文化庁助成事業です。「Laterna fest」に招聘され、劇場は「NOVÁ SCÉNA ND」、国立劇場の新しい舞台という意味です。演目は「UTSUSHI」で、衣裳、メイク道具、舞台美術をスーツケースで運びます。本来ダンサー6人の作品ですが、今回はアンダースタディの伊藤も出演して7人で踊ります。私は舞台監督なので出演しません。劇場の外観は近代的なのですが、400席ほどの客席シートは革張りでほころびたところを毎日何カ所か継ぎはぎ修理しています。舞台の吊り物バトンは角パイプなので、持ち込みの舞台美術用に丸パイプを用意してもらいました。古いものを大切に使っている感じです。公演は5月15、16日。上演開始時刻は午後8時と決まっているようです。フェスティバルのアーティスティックディレクターはとても若くフレンドリーで、公演後、劇場内のバーで出演者、スタッフ、観客と会話していました。季節も良く綺麗な街なのですが、朝から夜まで劇場に居てまったく観光が出来ません。体調も優れないのでおとなしくホテルと劇場を往復する3日間でした。

 5月17日、オランダのアムステルダム経由でイタリアのピサ空港着、迎えの車でトスカーナ州ポンテデーラの会場「Spazio Nu(スパジオ・ヌ)」に行きました。ここは過去に2回、ワークショップで滞在したことがあるスタジオです。いずれも公演ツアーの空白期間を埋める目的でしたが、今回もその計画で組まれました。
 実は今年1月の段階では、6月10日から17日までイスラエルのテルアビブ公演が決まっていました。プラハとの間を埋めるためにイタリアでの公演とワークショップが企画されたのです。ところがイスラエルがパレスチナのガザ地区に軍事侵攻し、そんな時にテルアビブ公演をするのは軍事侵攻を容認するものと捉えられます。ですがすでにイスラエルと公演契約が成立しています。今キャンセルするとイスラエルを否定し、ハマスを容認すると取られかねません。悩んでいたのですが、日本の外務省がイスラエルへの渡航自粛勧告を出しました。それを理由に公演の延期を申し入れ、今回はポンテデーラでツアー終了となります。
 スタジオでは毎日いろいろなワークショップや討論会が行われ、多くの子供や大人が出入りしています。山海塾ツアーメンバーは11人、その内私と若手ダンサーの6人はスタジオから10kmほど離れた別の建物に宿泊し、地元スタッフと国際免許証を持参した私で乗用車を運転し毎日通います。ワークショップは大人のクラスと子供のクラスがあり、子供たちには振り付けて作品を作ります。5月19日ワークショップ開始。6歳から12歳の子供たち15人を指導して10分程度の作品を作ります。以前日本の小学生相手にワークショップをしたことがありますが、今回は言葉が通じず担当の教師が通訳です。そしてどうやら訳ありの子供たちのようで、それぞれの個性がすごく強いのです。山海塾メンバー6人がかりで毎日1時間のワークショップ、その後8人で大人のクラスのワークショップ。

 5月24日、朝からスタジオを公演会場に作り替えます。レンタルの照明機材がなかなか到着しません。今日は午後9時半から子供たちのパフォーマンスを行い、その後山海塾「KŌSA」公演です。踊るスペースが十分取れないスタジオ公演ですが、観客がものすごく近いので細部には注意が必要です。大工のお爺さんひとりと山海塾メンバーで舞台と客席を作っていき、7灯の照明で公演します。夕方リハーサルを終え、開場すると思いのほか多くの観客がやってきました。子供たちも年長者が幼い子をリードして袖中で待機しています。音楽がスタートし子供たちのパフォーマンスが始まりました。リハーサルでは外光を遮断できなかったので照明のみで踊るのはぶっつけ本番です。意外と皆楽しんでやっているように見えます。終わると子供たちは客席で山海塾のパフォーマンスを親と一緒に見ますが、この1時間をじっとしているのが大変なようでした。このような閉ざされた狭い空間で踊るのは40年ほど前に行った学園祭の教室での公演以来だと思います。長い間忘れていた密室感覚です。山海塾メンバーにとっても記憶に残る公演となったでしょう。翌25日も子供たちのパフォーマンスと「KŌSA」公演。終了後舞台の撤去を行い、全員で遅い食事を取って終了。通常の公演ツアーでは味わえない濃密な9日間でした。

 5月26日、ピサからロンドン、パリ経由でメンバーは帰国。私と松岡、高瀬はパリに留まり、コロナ禍で4年間放置していた郊外の倉庫整理を行い、5月31日帰国。時間の経過が長く感じる日々でした。

チェコのプラハにある劇場「NOVÁ SCÉNA ND」

イタリアのトスカーナ州ピサ県ポンテデーラにあるスタジオ「Spazio Nu(スパジオ・ヌ)」

トスカーナの宿舎

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